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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)1号 判決 1975年12月05日

更生会社サンウエーブ工業株式会社管財人

北井正一訴訟承継人

原告

サンウエーブ工業株式会社

右代表者

石山義雄

右訴訟代理人

中村勝美

外一名

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

玉田勝也

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金一、三二八、三五四円並びに内金一〇〇、八〇〇円に対する昭和四三年一一月一日から、内金一二、九〇〇円に対する同年一二月二一日から、内金二七二、八〇〇円に対する昭和四四年一月二三日から、内金九四一、八五四円に対する同年四月一日から、それぞれ支払済みまで一〇〇円につき一日二銭の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告は、昭和三九年一二月二四日、東京地方裁判所において会社更生手続開始決定を受け、訴訟受継前の原告北井正一が更生管財人に選任されたが、昭和四六年八月一日更生手続が終結したので、原告において更生管財人の地位を承継した。

2  右更生会社については債権届出期間昭和四〇年二月二〇日まで及び債権調査期日昭和四〇年四月一七日、続行期日として同年六月一九日、七月一七日と指定されていたところ、京橋税務署長は、昭和四三年九月三〇日更生管財人に

納付の目的    法定納期限

(1)三八年一一月分 三八・一二・一〇

(2)三九年 二月分 三九・ 三・一〇

(3)三九年 八月分 三九・ 九・一〇

合計

次いで京橋税務署長は、本件源泉所得税合計一、三二八、三五四円の租税債権につき、これを共益債権として次のとおり充当した。

(一) 更生管財人が、昭和四三年一〇月三一日別の税金として納付した一〇〇、八〇〇円を(1)の本税一八〇、〇〇〇円の一部に充当

(二) 更生管財人が、同年一一月一九日前項告知額の追加延滞税として納付した一二、九〇〇円を(1)の本税の残金七九、二〇〇円の一部に充当

(三) 更生管財人に還付すべき印紙税還付金二七二、八〇〇円を同四四年一月二二日(1)の本税の残金六六、三〇〇円、(2)の本税一八〇、〇〇〇円及び(3)の本税八四七、六五四円の一部にそれぞれ充当

(四) 更生管財人に還付すべき同年度の源泉所得税還付金二、一四八、〇五対し更生会社の左表記載の源泉所得税本税及び不納付加算税等合計一、三二八、三五四円(以下本件源泉所得税という)につき納期限を昭和四三年一〇月三一日と指定して納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分をした。

本税 不納付加算税等

一八〇、〇〇〇円 一八、〇〇〇円

一八〇、〇〇〇円 一八、〇〇〇円

八四七、六五四円 八四、七〇〇円

一、二〇七、六五四円

一二〇、七〇〇円

六円の一部を同四四年五月三一日(3)の本税の残金八二一、一五四円及び同(1)ないし(3)の不納付加算税等一二〇、七〇〇円、合計九四一、八五四円に充当

3  ところで、会社更生法一一九条前段によれば、更生債権のうち源泉徴収にかかる所得税等で更生手続開始当時、未だ納期限の到来していないものは、共益債権として請求できるのであるが、右にいう納期限とは最高裁判所昭和四九年七月二二日第一小法廷判決民集二八巻五号一〇〇八頁によれば法定納期限ではなく、指定納期限を意味するものと解している。しかし、そのように解すると、徴税当局において納税の告知を怠ればかえつて共益債権として請求し得る範囲が広くなるという不都合な結果を生ずることを避けるため、同判決においては、指定納期限を定める納税告知の遅延が徴税当局の恣意によるような場合には、信義則等により共益債権としての請求を制限することも考慮できないわけではない旨判示している。法一一九条前段の納期限を右のように解することを是認し得るとしても、その結果生じかねない不都合な結果を避けるためには、単に右判旨のように徴税当局の恣意により納税告知が遅延した場合に限らず、恣意と同視し得るような、重大な過失により右告知が、遅延しすぎたような場合においても共益債権として請求することを制限しなければ、その目的は達せられないものといわなければならない。

右のような見地から本件についてみると、更生手続開始決定から納税告知に至る経過は別表のとおりである。

同表記載のとおり東京国税局長においては、東京地方裁判所から昭和四〇年一月二〇日付更生手続開始通知書が京橋税務署へ送達されると、同年二月二日及び同月一九日、遅滞なく、会社更生法一五七条の規定による租税債権の届出をなしているのであり、その届出の内容は、源泉徴収所得税、本税、加算税及び延滞金九〇二、七九四円である。しかるに、京橋税務署長は、昭和四三年九月三〇日に至り、漸く本件納税告知処分をなしたものであり、右処分がなされるまで、会社更生手続開始後、実に三年九か月を経過しているのである。

もつとも、本件納税告知の対象となつた本件源泉所得税はフランスのアルツールマルタン社のノウハウの使用料から差引くべき源泉所得税であるところ、右源泉所得税は給料報酬等のように毎月支払われるものに関する源泉所得税とは異なり税務調査は一応困難であるとはいうものの、昭和四〇年から同四二年の源泉所得税については既に納付されていたものである。従つて同署の担当係官としてはそれ以前の分について滞納がないかどうか当然に調査すべきであつたにも拘わらず、何ら調査をせず漫然放置したまま、前記のように会社更生手続開始後、三年九か月を経過した後に至つて漸く本件納税告知処分をしたものである。そうとすると、右納税告知は著しく遅延した徴税当局の恣意と同視し得べき重大な過失による場合というべきものであつて、本件源泉所得税については共益債権としての請求を制限することを相当とするものといわなければならない。

してみれば、京橋税務署長が本件源泉所得税を共益債権として請求できるものとしてなした前記2の充当は、無効というべきであつて、右充当額は過誤納金となり、管財人は被告に対し右過払税額一、三二八、三五四円並びに内金一〇〇、八〇〇円に対する昭和四三年一一月一日から、内金一二、九〇〇円に対する同四三年一二月二一日から、内金二七二、八〇〇円に対する同四四年一月二三日から、内金一、二二九、〇五四円に対する同四四年四月一日からそれぞれ支払ずみまで国税通則法所定の一〇〇円につき一日二銭の割合による還付加算金の支払請求権を取得したものである。

4  よつて、前記のとおり更生管財人の地位を承継した原告は、被告に対し右各金員の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

請求原因事実については、3のうち、徴税当局の恣意と同視し得るような重大な過失により納税告知が遅延した場合においても会社更生法一一九条前段の共益債権としての請求を制限すべきであるとの主張、京橋税務署担当係官が本件源泉所得税の調査を漫然放置し、そのため本件納税告知が著しく遅延したとの事実及び右遅延が恣意と同視し得べき重大な過失によるものというべきであつて、本件源泉所得税については共益債権として請求することを制限すべきであり、従つて本件充当額が過誤納金となり管財人が被告に対し右の過払税額及び還付加算金の支払請求権を取得したとの主張を否認し、その余の請求原因事実の事実関係についてはすべてこれを認める。

信義則等により共益債権としての請求を制限することができる場合とは、微税当局において、すでに納税告知をなし得べき状態にあり、かつ、直ちに納税告知をなせば、指定納期限の関係から更生債権となるべきものであるにも拘わらず、共益債権に組み入れることを目的として、恣意に納税告知を遅延させた場合に限られるべきである。

なお、会社更生法一一二条但書によれば、徴収の権限を有する者が、還付金又は過誤納金をもつて充当する場合には、更生手続によらないで満足を得ることが認められ、右充当の対象となる租税債権は、更生債権であると共益債権であるとによつて差異はない。ところで本件源泉所得税のうち請求原因2(三)、(四)については、すべて還付金をもつて充当しているのであるから、仮りに原告主張のとおり、本件源泉所得税が共益債権として請求できない場合に該当し、更生債権としての取扱がなされるべきものとしても、右充当額に関しては、適法に消滅しているので、原告の返還請求は結局理由がない。

第三  証拠<略>

理由

一本件においては、会社更生法一一九条前段所定の納期限を、原告の摘示する前掲最高裁判所判決のとおり指定納期限を意味するものと解するとすれば、徴税当局において納税告知を怠るとかえつて共益債権として請求し得る範囲が広くなるという不都合な結果を生ずることを避けるため指定納期限を定める納税告知の遅延が徴税当局の恣意によるような場合には信義則等により共益債権としての請求を制限することを考慮すべきであることは同判決の判旨するとおりであるけれども、右のような場合のほかに制限することを相当とする場合があるか否か及び本件具体的事実関係のもとにおいては制限することが相当か否かが争点をなすものであつて、その余の請求原因事実についてはすべて当事者間に争いがない。

二そこで、右の争点について判断する。

ところで、同法一一九条前段に掲げる租税は、本来、徴収義務者又は特別徴収義務者が、国庫に代つて徴収、保管している預り金的性質を有するものと解せられるから、徴収義務者等が更生会社の場合にあつてはその取戻権的な性質から、他の租税債権と異なり、いつでも無条件に請求し得るはずのものであるが、その権利行使を右のように無制限に認めることは、関係人の利害を調整しつつ企業の維持更生を図ろうとする会社更生法の目的に必ずしも沿わない面もあるので、法一一九条前段は右のような取扱をする租税債権の範囲を制限し、更生手続開始決定時に納期限が到来していないものに限つて共益債権として更生手続によらないで随時請求することができるものとしたと解するのが相当である。同条前段の立法趣旨をこのように解すると、同条の租税のうち徴収のために納税告知を必要とする源泉徴収に係る所得税等に関しては、同条にいう納期限は、指定納期限を意味し、本来の法定納期限までに納付されていないため、更生手続開始当時既に指定納期限を経過し、いつでも強制徴収手続をとることができたものについては更生債権として取扱うこととするが、未だ指定納期限が到来していないため、強制徴収手続をとることができなかつたものについては、その本来の取戻権的な性質のとおり共益債権として取扱うこととしたものというべきである(前掲最高裁判所判決参照)。

ところがこのように解すると、指定納期限は、徴税当局が任意に定めることができる結果、徴税当局において徴税のため、納税告知処分を頻繁に行なつている場合には、それらの租税債権は更正債権とされ、更生手続によらなければ弁済を受けられないのに対して、徴税当局が、納税告知を怠つていた源泉徴収に係わる所得税等については、更生手続開始決定後納税告知を行なうことにより共益債権として、その全部の納付を随時に受けることができるという不都合な結果を生ずることになる。従つて徴税当局の通常の事務処理状況からみて、本来納税告知が、更生手続開始前になされ得べきであるにも拘わらず、もつぱら共益債権に組入れることを目的として故意に納税告知を遅延させた場合はもとより、そのような故意まではなくとも、当該具体的事情の下において客観的に合理的なものとして是認し得る理由がないまま納税告知を遅延させた場合には、徴税当局の恣意によると過失によるとを問わず、関係人の利害の調整、企業の維持更生を図ろうとする会社更生法の目的から、共益債権としての請求を制限すべきであると解するのが相当である。

そこで右の見地に立つて本件納税告知処分が、共益債権としての権利行使を制限すべき場合に該当するか否かについて検討する。

証人椋本悦郎の証言によれば、(一)昭和四三年九月当時京橋税務署において、同署管内に事業所を有して、源泉徴収義務を負担する事業者は、官公庁を含めると一六、〇〇〇件を超え、このうち資本金五〇、〇〇、〇〇〇円未満の法人については、法人税の担当者がその調査を担当するが、残余の五〇〇ないし六〇〇件にのぼる資本金五〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の事業所等は、二名の担当者が源泉徴収に係わる所得税の調査を行なつていたこと、そして、調査内容についてみると、源泉徴収の対象となる所得のうち、給与報酬等は、納付漏れも少なく、給与台帳等により調査も容易であるが、利子、配当、臨時に支払われる特許使用料等は、支払伝票、領収証、契約書、日本銀行の送金許可証等を検討しなければならず、調査が困難であるため、一事業所の調査は、事前の準備と事後の整理及び二日程度にわたる臨場調査とで、一週間位の日数を要すること、従つて一人当り年間の調査件数は僅か三〇件前後にしかならず、一事業についてみれば、三年ないし四年に一回調査をすることができるのみであつて、同署ではこのため、徴収義務者管理名簿を備えて、徴収義務者を記入し、概ね前回の調査の古い順から調査を行ない、更に、年間計画も作成し、一度の調査によつて滞納の事実が発見されると、数ケ年遡つて納税告知処分を行なうのが常態であつたこと、(二)京橋税務署長は、昭和四〇年一月二〇日に東京地方裁判所から、更生手続開始決定通知を受けたために、管内で更生会社が毎月支払う給与等の源泉徴収所得税の未納付の分については、納税告知処分を行なつたが、ノウハウの使用料等臨時に発生するものについては、前示のような経緯から即座に調査できず、又更生会社の場合、一般に帳簿等関係書類が社外に持ち出されていたりして調査も困難を窮めることから、特に滞納税があるとの情報を得た場合のほかは、更生会社であるからといつて優先的に調査をすることもない等の従前の取扱に従つて調査未了のまま経過していたところ、昭和四三年九月に至り、京橋税務署の担当官が調査計画に従う通常調査に際し、徴収義務者管理簿等の資料に対する全般的調査によつて本件更正会社については過去四年間調査していなかつたことが判明したため、本件更生会社の調査に着手したところ、昭和四〇年から四二年まで、同更生会社がフランスのアルツール・マルタン社のノウハウ使用料から差引くべき源泉所得税を納付しているにも拘わらず、それ以前の年分については納付されていないので、当時の契約書や日本銀行の送金許可書を検討した結果、昭和三八年一一月分と、昭和三九年二月及び八月分の納付漏れを発見し、これにもとづき京橋税務署長が、昭和四三年九月三〇日に本件納税告知処分を行なつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実に照すと、徴税当局においては、本件更生会社が本件納税告知の対象となつた本件源泉所得税と同種の源泉所得税を、昭和四〇年から四二年にかけて納付していることからすれば具体的事情を離れて一般的にいえば、本件源泉所得税についても滞納の事実を推察することができ、又、更生手続中の会社に対しては、更生会社の維持のため或は更生債権者の利益のために、すみやかに調査に着手して、滞納のあるときは直ちに納税告知処分をすることが可能なはずであるとみられるとしても、前示認定のような京橋税務署における税務調査等の具体的事情からすれば、本件納税告知処分は、更生手続開始決定の後三年九か月余りを経過した後になされたものではあるけれども、無理からぬ点があり、もとより恣意によるということはできず、なお客観的に合理的理由に基づくものとして是認し得る範囲に属するものというべきである。

しかも、本件源泉所得税の法定納期限は、その最も早いものでも、昭和三八年一二月一〇日であつて、更生手続開始決定の日である昭和三九年一二月二四日まで一年の期間があるのみであり、更生会社が右源泉所得税と同種のノウハウ使用料に関連した源泉所得税を納付したのは、右開始決定の日以降であることからすれば、京橋税務署の通常の事務処理状況に照して、納税告知処分を、更生手続開始決定以前に行なうことは到底不可能な状態であつたと解せられる。

結局、本件源泉所得税について共益債権としての権利行使を制限すべき場合に当るとの原告の主張は採用できない。

三以上の次第で京橋税務署長のなした本件源泉所得税についての充当処分には、原告主張の瑕疵は存在しないから、本訴請求は理由がない。

よつて、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(内藤正久 山下薫 飯村敏明)

昭和三九年一二月二四日 会社更生手続開始決定

昭和四〇年一月二〇日 東京地方裁判所から京橋税務署長にあて更生手続開始通知を郵便に付して送達

同年二月二日 東京国税局長から会社更生法一五七条の規定による租税債権の届出

同年二月一九日 同右

同年二月二〇日 債権届出期限

同年四月一七日 第一回債権調査期日

同年六月一九日 第二回債権調査期日

同年七月一七日 第三回債権調査期日

同年八月三〇日 東京国税局長から「会社更生法一五七条の規定により届出た租税債権の取下げについて」提出

昭和四一年三月三一日 関係人集会可決、更生計画認可決定

昭和四三年九月三〇日 本件納税告知処分

同年一〇月三一日 右による指定納期限

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